6/20/2011
またまた雨
どうも、ブログの名前が決まらなかった。
なんとなくつけた。「あんど、」
今朝は大雨、稲光もあった。今はやんでるけど、この夏椿(シャラ)は窓から撮った。
高知では蛍が飛んでる。そんな環境づくりをしているらしい。
蛍は、きれいな流れる水が必要なのだそうだ。
6/19/2011
Prairie Hill Farm Studio: Our "Mountains"
Prairie Hill Farm Studio: Our "Mountains": "Anviled Thunderhead in the Valley Photograph © Bruce A. Morrison (click on image for a larger view) I get to feeling like a broken record a..."
いつか行きたいと思っている、ブルースさんの愛するプレーリー、アイオワ。
今年行きたかったのだけど、どうしても心の中に福島の惨事がひっかかる。
どうも、余裕のないわたしには無駄遣いに感じてしまって一歩進めない。
ここには、背の高い草とただ広い農地が広がっているだけ。でも、その中でいつも変わらない生活を送っている自然界の生き物を、やさしいまなざしで愛し続けるブルースさん。会いに行きたいな~。
それ以外何にもないところなんだけど。いつでもおいで、夏のプレーリーが待ってるよって言ってくれた。
このブログにお邪魔していつも思う。そんなに便利なことが幸せだとも思ってないんだよねって。
コンクリートで固められてない世界で、それが当たり前だと思って、それを愛し続けてる人達がいて。
わたしは、ブルースさんが新しい絵を見せてくれるたびにその物語の中に引き込まれていく。特別なものではないのだけれど、特別に感じる。
いつか行きたいと思っている、ブルースさんの愛するプレーリー、アイオワ。
今年行きたかったのだけど、どうしても心の中に福島の惨事がひっかかる。
どうも、余裕のないわたしには無駄遣いに感じてしまって一歩進めない。
ここには、背の高い草とただ広い農地が広がっているだけ。でも、その中でいつも変わらない生活を送っている自然界の生き物を、やさしいまなざしで愛し続けるブルースさん。会いに行きたいな~。
それ以外何にもないところなんだけど。いつでもおいで、夏のプレーリーが待ってるよって言ってくれた。
このブログにお邪魔していつも思う。そんなに便利なことが幸せだとも思ってないんだよねって。
コンクリートで固められてない世界で、それが当たり前だと思って、それを愛し続けてる人達がいて。
わたしは、ブルースさんが新しい絵を見せてくれるたびにその物語の中に引き込まれていく。特別なものではないのだけれど、特別に感じる。
6/18/2011
6/17/2011
2/20/2011
2/15/2011
修行へと
彼女の歴史を作ろうとしているように見えた。
歴史と言ってはおおげさに聞こえるかもしれない。
彼女は彼女の人生の一瞬に、彼女の想いや可能性に挑戦しているかのようだった。
2月27日、26歳の彼女は、住職の資格を得るために修行に入る。
今回の修行メンバーでは最年少なのだそうだ。
2週間、京都の2月は寒い。要入院でない限り山を降りることは許されないという。
一度話を交わしただけだったのに、どうしても頭から離れなかった。彼女の「今度お会いするときには、この髪は切ってしまっていますね」修行のために短く切るのだというなんとも可愛いしぐさを。
2月4日、京都への列車の中で、そのとき一緒に旅をしていたニューヨークからの友達が、彼女はプリーストになるための勉強をしているそうだと言った。
京都の宿に戻って、次の朝、2月5日。高山の善光寺に電話をして彼女に撮影をさせて貰いたいことを伝えた。そして、メールして私の写真などを見てもらった。
私は一度京都に戻ってから、2日後2月7日、再び。
今度は一人で、彼女を撮影させていただくために高山を訪れた。
そして、2月8日、彼女とお昼を共にして少しお話しをしながら、シャッターを押した。
2月8日、この日はこの寺の住職だった、彼女のおじいさんの命日なのだった。
彼女は支度から撮影を許してくださり、本堂での彼女一人でのお経を読むところを撮影した。
5月、私はまた、大澤光民さんの仕上げの撮影をさせていただくために、富山を訪れるとき、再び彼女にお会いする。
今度お会いしたときの彼女を楽しみにしている。
大澤さんもそうだったように、彼女もまた、少しずつ積み上げた歴史を私に突き刺してくれるのだろうと思っている。
歴史と言ってはおおげさに聞こえるかもしれない。
彼女は彼女の人生の一瞬に、彼女の想いや可能性に挑戦しているかのようだった。
2月27日、26歳の彼女は、住職の資格を得るために修行に入る。
今回の修行メンバーでは最年少なのだそうだ。
2週間、京都の2月は寒い。要入院でない限り山を降りることは許されないという。
一度話を交わしただけだったのに、どうしても頭から離れなかった。彼女の「今度お会いするときには、この髪は切ってしまっていますね」修行のために短く切るのだというなんとも可愛いしぐさを。
2月4日、京都への列車の中で、そのとき一緒に旅をしていたニューヨークからの友達が、彼女はプリーストになるための勉強をしているそうだと言った。
京都の宿に戻って、次の朝、2月5日。高山の善光寺に電話をして彼女に撮影をさせて貰いたいことを伝えた。そして、メールして私の写真などを見てもらった。
私は一度京都に戻ってから、2日後2月7日、再び。
今度は一人で、彼女を撮影させていただくために高山を訪れた。
そして、2月8日、彼女とお昼を共にして少しお話しをしながら、シャッターを押した。
2月8日、この日はこの寺の住職だった、彼女のおじいさんの命日なのだった。
彼女は支度から撮影を許してくださり、本堂での彼女一人でのお経を読むところを撮影した。
5月、私はまた、大澤光民さんの仕上げの撮影をさせていただくために、富山を訪れるとき、再び彼女にお会いする。
今度お会いしたときの彼女を楽しみにしている。
大澤さんもそうだったように、彼女もまた、少しずつ積み上げた歴史を私に突き刺してくれるのだろうと思っている。
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