2/15/2011

修行へと

彼女の歴史を作ろうとしているように見えた。



歴史と言ってはおおげさに聞こえるかもしれない。
彼女は彼女の人生の一瞬に、彼女の想いや可能性に挑戦しているかのようだった。




 2月27日、26歳の彼女は、住職の資格を得るために修行に入る。
 今回の修行メンバーでは最年少なのだそうだ。
2週間、京都の2月は寒い。要入院でない限り山を降りることは許されないという。




 一度話を交わしただけだったのに、どうしても頭から離れなかった。彼女の「今度お会いするときには、この髪は切ってしまっていますね」修行のために短く切るのだというなんとも可愛いしぐさを。

2月4日、京都への列車の中で、そのとき一緒に旅をしていたニューヨークからの友達が、彼女はプリーストになるための勉強をしているそうだと言った。
 




京都の宿に戻って、次の朝、2月5日。高山の善光寺に電話をして彼女に撮影をさせて貰いたいことを伝えた。そして、メールして私の写真などを見てもらった。


私は一度京都に戻ってから、2日後2月7日、再び。
今度は一人で、彼女を撮影させていただくために高山を訪れた。
そして、2月8日、彼女とお昼を共にして少しお話しをしながら、シャッターを押した。

2月8日、この日はこの寺の住職だった、彼女のおじいさんの命日なのだった。
彼女は支度から撮影を許してくださり、本堂での彼女一人でのお経を読むところを撮影した。


5月、私はまた、大澤光民さんの仕上げの撮影をさせていただくために、富山を訪れるとき、再び彼女にお会いする。
 今度お会いしたときの彼女を楽しみにしている。

大澤さんもそうだったように、彼女もまた、少しずつ積み上げた歴史を私に突き刺してくれるのだろうと思っている。
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